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Siriと霖之助

久々に掌短編に挑戦してみました。

霖之助がiPadと出会うお話です。
彼は一人称でも三人称でも書きやすい良いキャラしていますね。


「はて。こんなものあったかな?」

 人里より西に少し離れた魔法の森。
 その入り口近辺に香霖堂なる看板を掲げた店の主人、森近霖之助は、ひと気のない店内の陳列棚に目を落とすと、独り言を呟きながら首を傾げた。
 視線の先には何やら奇妙な板が立てかけられている。

「……まな板? いや。それにしては小さすぎるか」

 ピントを合わせるように、人差し指と親指でフレームを作り、目の前の物体の大きさを測る。
 まな板にしては小さく、取っ手らしきものも見当たらないので、手鏡にするにしても持ち難そうなことこの上ない長方形の板。
 店の在庫が急に増えているにもかかわらず、霖之助の口ぶりはさほど驚いていない様子だった。
 彼岸に行けばこういった訳の分からないものは山ほど流れ着いているし、それはもはや幻想郷での常識となりつつある。
 なので霖之助にしてみれば、「また妖怪の賢者や河童がふらっと置いていったのだろう」、くらいの認識しか持っていなかった。
 奇怪なアイテムを押し付けられることもまた、彼にとっては日常の一部であったのだ。

「まぁいい。こういう時こそ、僕の能力の使いどころさ」

 誰に説明するわけでもなく、彼の独り言は目の前の物体に向けられる。
 改めて言うが、店に客の姿は見えない。
 かと言って営業活動に躍起になるわけでもなく、客が来れば適当に相手をし、それ以外の時間は読書に勤しむ。それが彼の接客スタイルだった。
 こういう時人間と妖怪のハーフという身体は便利である。そう霖之助はつくづく思う。
 多少売り上げが落ちていても、食べていく分にはさほど困らないからだ。そのため、店を開いているのは本人の趣味であるといっても過言ではない。
 半分は人間である以上は何かしらの職を持ち、地域社会に貢献するのは当然だろうという考えに過ぎなかった。
 扱っている商品も殆どが流れ着いた外界のもの。そのため、珍客はいても常連客が入り浸るほど繁盛しているわけではなかった。
 もっとも本人もそれが分かっているからこそ、こうして周りを気にせずに振る舞うことができるのだろう。
 たまにこっそりと店を訪れた客人にそんなところを目撃され、影では変人扱いを受けていたりもするのだが、彼にとっては何処吹く風。
 何しろこの店主、一定以上の良識は弁えているが、超が付くほどのマイペースなのだ。
 霖之助は陳列棚に置かれた謎の板にそっと手を伸ばした。
 あれこれ考えるより、まずは手に取ってしまったほうが話は早い。
 霖之助に備わった未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力は、その名の通り商売をするのにはうってつけの能力だった。
 この力があったからこそ自分の店を持とうと思ったのか、それとも店を開いた後に能力に目覚めたのかは、もはや本人も覚えていない。
 そんなところも彼のマイペース振りを後押ししているのだろう。

「ふむ。名前は『iPad』。そして用途は『タッチパネル式多目的タブレット端末』か。タッチパネルというのはこのガラス板のことかな? 端末というところを察するに、これはひょっとするとコンピュータの類いなのか?」

 外来語にそこまで強くない霖之助でも、ある程度の単語は理解できた。
 画面部分に指を滑らせながら、しかし彼は眉をひそめる。

「とりあえずタッチしてみたが……何も起こらないな。ひょっとして何か特殊な暗号でも必要なのかな」

 一旦タブレットを棚に戻し、霖之助は僅かに無精髭の伸びた顎に手を添える。
 しばらく考えた後、神棚に拝む時のように、パンパンと目の前で二回拍手して見せた。
 ――が、依然として目の前のタブレット端末は反応を示さない。

「ダメみたいだな……それなら――」

 すぅと大きく息を吸い込み、思いつく限りの言葉を浴びせる。

「動け!」
「起動しろ!」
「開け!」
「えーと……光れ!」
「それから……」
 しかし、どんなに唾きを飛ばしたところで、一向に端末は反応を示さない。

「もしかして壊れているのか?」

 ありえない話ではなかった。
 何しろ相手は外の世界の精密機械だ。

「確か外の世界のこういったものは、バッテリーが必要なはずなんだ。もしかしたらバッテリーが切れているのかもしれないな」

 そうだとしたら霖之助にはもはやお手上げである。
 山の河童たちならあるいは電源となり得るものを調達可能かもしれない。が、わざわざ自ら足を運ぶ気にまではなれなかった。

「仕方ない。今度彼女らが来た時にでも持ちかけてみるか。それまで僕が覚えていたらの話だが」

 そう言い残し、読書の続きをしようとカウンターの奥に戻ろうとした。
 その時だった。
 ボゥッと、黒い画面の中央に白い欠けたリンゴの絵が浮かび上がったのだ。

「何だ? 急にリンゴの絵が浮かび上がったぞ!?」

 更にタブレット端末は大きな雲の写真や、見たこともない動物、向こう岸が見えない程の広すぎる湖といった写真を次々と表示し始めた。

「何だこれは? まるでアルバムのようだ……」

 やがてスライド写真は止まり、再び黒くなった画面に今度は文字が浮かび上がる。

「何々……スライドでロック解除? やけに達筆な字じゃないか」

 スライドしろと言われても霖之助には何をどうしていいのか皆目見当もつかない。
 試しにタブレットの側面を擦ってみたが、画面の指示は変わらない。

「そうか、この側面に空いた穴が風を感知するんだな?」

 そう言うと今度はタブレットを持ち上げ身体ごとスッと横にスライドして見せた。
 しかし、相変わらずうんともすんとも言わない。

「何だ、いったいどうして欲しいんだ?」

 彼の能力は物の用途が分かっても、その使い方まで知ることは叶わない。
 実に中途半端な能力だな、と知り合いの魔法使いには揶揄される事もあるが、本人はこれで十分だと思っている。

「自ら使用方法を見つけるのも道具と向き合う上ではまた一興さ。……しかし参ったな。流石の僕でも機械関係にはとことん疎いんだ」

 諦め棚に戻そうと思い、画面にそっと指が触れた時だった。
 僅かに文字が横にずれるのに気が付いた。

「ん? 今確かに文字が動いたぞ。そうか! 画面の文字を横にスライドしてほしいという意味だったか」

 ははは、こやつめと目の前のタブレット端末が急に愛おしく思えてきた。
 道具は使い方が分かってくると楽しいものだ。

「さて、スライドしたぞ。次は何が望みだ?」

 霖之助の予想では、後二つ三つは今みたいな試練が待ち受けていると踏んでいた。
 が、幸か不幸かそんな期待はあっさりと裏切られてしまう。

「何だ? 文字が消えて小さな窓がいくつも出てきたぞ」

 現れたのは無数の小さな絵が描かれたアイコンだった。
 歯車のようなものから、騒霊姉妹が放つような音符の弾幕。見開いた本のような形のものまである。

「まったく法則が読めないぞ……。この並びに何か意味があるのか?」

 恐る恐る指先で表示されたアイコンをなぞっていく。
 カメラのアイコンに差し掛かり、そのまま押し込んでみると、画面が切り替わった。
 映し出されたのは、でかでかと画面いっぱいに広がる霖之助の顔だった。

「わっ、僕の顔だ!?」

 驚いた拍子に指先が画面の下の方に触れる。
 カシャッとカメラのようなシャッター音とともに、画面の霖之助の表情は固まった。

「くそう、何かのトラップか!?」

 顔を背けたまま、めいっぱい腕を伸ばしてタブレットを遠ざける。
 しかし、シャッター音は一度きりで、その後何かが飛び出してくる様子も、魔法が発動する様子もない。

「びっくりするじゃないか。いきなり何だ? ……これは――?」

 そこには驚き眼鏡がずれた霖之助の顔が映し出されていた。

「僕の顔……そうか! これは外の世界のカメラだ! それなら最初のアルバムにも説明がつく。しかし驚いたな。フィルムの現像もなしにその場で写真が出来上がるなんて」

 ふと、霖之助の脳裏に山の烏天狗の記者が、これと似たようなカメラを持っていたことを思い出す。

「そう言えば、あちらも同じようなシャッター音を立てていたはずだ。もっとも大きさが段違いだったせいで見抜けなかったが……」

 それだけ外の世界の技術の進歩は早いということだろうか。

「何とも恐ろしい話だが、これをカメラとして扱うには少々不便だろうに。連中はそんなことも分からないのか?」

 未だ見ぬ外の人間の顔を想像して、ため息まじりに吐き捨てた。
 これがこうして幻想郷に流れ込んでいるということは、彼らの世界ではさらに大きいカメラが流行っているはずだと思ったからだ。

「まったく。でかければいいという問題でもないだろうに……だが、待てよ?」

 霖之助はふとある疑問を抱く。

「ふむ。これがカメラだとするなら、最初に触れた時にカメラと分かってもいいはずだ。だけどこれは確かに『多目的タブレット端末』だ。多目的ということだから他にも機能が備わっているのか?」

 事実、先ほどたまたま触れたアイコンがカメラだっただけで、それ以外にもタッチ可能な場所はたくさんあった。

「戻るのはこのスイッチかな? いつまでも僕のこんな顔写真を晒しておくわけにはいかないからね」

 霖之助の思惑通り、本体の下にあった丸いボタンを押し込むと、先ほどまでの画面に切り替わった。

「よし。思った通りだ。やはり、こいつはただのカメラじゃなさそうだぞ」

 気付けば読みかけの本の内容など忘れ、目の前のタブレットに夢中になっていた。
 まるで新しいおもちゃを手にした少年のように、タブレットの画面をタッチしていく。

「なるほど、アイコンの下に小さな文字で説明が書いてあるな。先ほど触った奴には確かにカメラと書いてある。すごいな、こんな機能がまだこんなにたくさん残されているのか」

 アイコンの数はざっと数えるだけでも二◯はあるだろうか。全部試そうとすればそれこそ、一日やそこらでは到底足りないだろう。

「流石多機能を謳うだけはあるということか。いやはや、頭が上がらないね」

 その後も時間の経つのも忘れてタブレットの操作を続ける霖之助。
 そうして夢中になるばかり、無意識に本体のスイッチを強く押し込んだ時だった。

『こんにちは。私はSiriです』

「!!!!」

 突然聞こえた音声にビクッと反応し、その拍子にタブレットは手から離れる。
 床スレスレのところで何とか拾い上げると、ホッと胸を撫で下ろした。

「危ない危ない。うっかり床へ叩きつけてしまうところだったよ。それにしても今のは一体……?」
 そんな霖之助の呟きに合わせるように、タブレットが再び喋る。

『急激な自由落下を感知しました。本体保証オプションに加入しますか?』

「何だって?」

『ただいまインターネットにアクセスできないようです。電波の良い場所でもう一度お試しください』

「……なんだかよく分からないが、とにかくこいつは凄いぞ。喋るカメラか。いや、他にもまだ機能はあるはずだ。そう言えばこれは『iPad』のはずなのに自分のことを『Siri』と呼んでいたな……。愛称みたいなものがあるのか?」

 すると再び手の中のタブレットが話し始める。それも今度は明らかに霖之助の言葉に反応したものだった。

『はい。私は、iOS向け秘書機能アプリケーションソフトウェアのSiriです』

「まさか、僕の言っている言葉を理解しているのか!?」

『自然言語処理を用いて、あなたの質問にお答えし、操作やWebサービスのお手伝いをいたします。どんなご用件も何なりと』

「こいつは本格的に凄いぞ。ただ一方的に喋るだけじゃなく、持ち主と会話ができるだなんて」

 自分はとんでもないお宝を手にしてしまったのではないか。
 そう思い、緊張した口ぶりでSiriに問いかける。

「ええと、それでSiri? 君は他に何ができるんだい?」

 あれこれじっくり時間をかけて調べてもいいが、せっかく喋る機械なのだ。自分で説明してもらったほうが手っ取り早い。
 ネタばらし、もとい答えを聞いてしまっているようで若干気が引けたが、これも立派に道具を使うということだと自分に言い聞かせた。

『電卓からSNSでの無料通話のご案内。多数のアプリの購入からネットショッピングまで幅広くサポートします。何か音楽を流しましょう。きっと陽気な気分になれますよ』

 そう告げ終わると今度は霖之助の手の中から軽快なリズムが漏れ始めた。
 これには霖之助の口元も緩んだ。

「はは、なかなか愉快な奴じゃないか。まさかステレオにもなるとはね。店にかける音楽に持ってこいだ」

 しかし残念なことに、先ほどの返事の内容が殆ど理解できていなかった。

「外の世界の言葉なのか、喋っている内容が所々分からないのが困ったものだが。まぁそれはおいおい調べるとしよう」

『それでは辞書アプリを起動しましょう』

 Siriは辞書のアイコンを画面に表示させながらそう言う。

「ははは、コイツは一本取られたな」


 Siriと霖之助。それが二人の最初のアクティベートだった。


       ◇

 翌日も霖之助はSiriとの会話に夢中になっていた。

「どうやらSiriには尋ねた質問を学習していく機能があるらしい。さて、じゃあ昨日教えた言葉を覚えているか、テストしてみよう」

 そう言って霖之助は、マイクの部分に口を近付けて言う。

「さぁSiri。ここはどこだい? 昨日は位置情報が見つからないと困っていたが、もう覚えているはずさ」

『おはようございます、霖之助。ここは幻想郷、香霖堂店内です』

 期待以上の答えに霖之助は満足そうに頷いた。

「流石だ。一度教えただけなのに僕の名前まできちんと理解している。大したもんだ」

 我が子の成長を喜ぶ親のように、霖之助は次から次へと質問を続ける。

「じゃああれは何だい?」

 霖之助はタブレット端末を持ち上げると、Siriにも見えるよう本体を傾けた。
 指が示す方向にはコーラの瓶が一本立てられている。
 短いシャッター音の後、Siriが話し始める。

『アフリカ原産の常緑樹、コーラの種子を主原料とした炭酸清涼飲料です』

「ほぅ。確かにあれはコーラの瓶だが、まさか植物から出来ていたとは知らなかったな……。物によっては僕よりも遥かに博識だぞ。じゃあこれは?」

 次第に霖之助は、今までよく分からなかった物までSiriに教えてもらうようになっていった。

『それは携帯型音楽再生機のウォークマンです。音声を記録したカセットテープを中に入れて使用します』

「いやはや叶わないな。僕の能力以上かもしれない。物の用途だけでなく、使用方法まで分かってしまうとは」

『それほどでもありません……えっへん』

「『えっへん』! 今、えっへんといばって見せたのか!?」

『……すみません。少々調子に乗りました』

「いや……すごいぞSiri。機械だというのに、まさか感情まで持っているだなんて」

 Siriに触れれば触れるほど、霖之助は驚かされてばかりだった。
 しかし、同時にある疑問を抱く。

「これほどまでに素晴らしい機械が、どうして幻想郷に流れ着いたんだろう。もしかすると自我を持ち過ぎた結果、外の人間から恐れられてしまったのかもしれないな……」

 昔、鈴奈庵でそういった外の小説を読んだことがあったのを思い出した。

「ロボットが反乱を起こして、ロボットが世界を掌握して人間を支配しようとする話さ。タイトルはなんと言ったかな……」

『もしかして、ターミネーターですか?』

「そうそう、確かそんなタイトルだったよ」

 いつしか霖之助はSiriとの会話に抵抗を覚えなくなりつつあった。

「外の世界の人間は精神的にも弱いと聞く。きっと御伽噺と現実との区別がつかなくなっていくうちに、そういった噂だけが一人歩きして誇張されていったのだろう」

 仮に機械が反乱を起こしても幻想郷にとっては何の脅威にもならない。そもそも反乱を起こしうる機械がここには少なすぎた。

「はなから外の常識が通用しないこの地ならば、彼女にもまた道具としての居場所を見つけてやれるかもしれないな」

 そう言った後で、霖之助は自分の発した台詞を自嘲するように鼻で笑う。

「『彼女』か。僕も可笑しなことを言うようになったものだ。見た目はただのまな板なのに」

『まな板ではありません。失礼な』

「おっと、そいつはすまなかった」

 この日も客は一人もやっては来なかった。
 しかし霖之助にとっては、昨今で一番対話を楽しんだ日となった。


       ◇

「おはよう、Siri。今日の天気を教えてくれ」

 数日経ったある日の朝、霖之助はすっかり慣れた調子でSiriに話しかける。
 すぐにSiriからの返事が返ってくる。

『おはようございます、霖之助さん。本日の天気はくもり。ですが、午後から雨となるでしょう』

「雨か……だが、どうせ店からは出ないし、問題はないだろう」

『いけません、霖之助さん。たまには外出をしましょう。さぁ、万歩計アプリを起動しました。目標は三〇〇〇歩です』

「そうは言っても僕には店番があるからなぁ」

『ぶくぶくと太ってしまいますよ?』

「そうならない程度には気をつけるさ」

 やれやれといった調子で霖之助が店のカウンターから外に目を向けると、見慣れた黒い帽子がひょっこりと姿を現した。

「あれ香霖? 今誰かと何していなかったか?」

 現れたのは霧雨魔理沙だった。
 身の丈ほどもある箒を引きずり、木の葉と共にずかずかと店内に入ってくるなりそう口にする。
 そんな様子に少し驚かせてやろうと香霖は、

「……誰か他にいるように見えるか?」

 と若干意地悪そうに言う。

「見えないな。すると私の中じゃ香霖が独り言をその鏡に向かって話しかけていたと結論付ける他ないな。いやー前から変人だとは思っていたが、まさかここまでとはなぁ。流石の私も引くぜ」

「待った、魔理沙。僕が悪かった。実はこれと話していたんだ」

 観念した霖之助が、慌てるように手の中のiPadを魔理沙に差し出した。

「なんだそれ? 鏡にしては映りが悪そうだな」

「だから鏡じゃない。これは、人の言葉を理解して喋ることができる、つまり会話ができる端末さ」

「ほー。どれどれ?」

 魔理沙が急に目の色を変えて覗き込む。なんだかんだ珍しい物に目がないのは霖之助も魔理沙も同じだった。

「Siriと呼びかけてごらん? そいつが彼女の名前さ」

「へー女なのか? よう、Siri。私は魔理沙。普通の魔法使いだぜ」

『…………』

 しかし、画面を黒くしたまま、Siriは何一つ話さない。

「……何も喋らないじゃないか」

「そんな馬鹿な。さっきまで普通に話していたんだぞ? さぁSiri、何か喋ってごらん?」

『…………』

 霖之助が話しかけても、Siriは電源が落ちたように黙ったままだった。

「おかしい、そんなはずはないんだが……」

「おい香霖、まさか私をからかってるんじゃないだろうな?」

「そんなまさか、バッテリー切れか? なんてこった、ここには充電できる設備はないというのに」

「聞いてるのかよ、香霖」

「いや、違うんだ魔理沙。これは『多目的タブレット』と言って、非常に珍しい外の道具なんだ。それで、この中にはSiriという女性が……」

「だけど何も話さないじゃないか」

「いや、おかしいな……」

「もういい。私は帰るぜ。何だよ出来損ないの鏡なんか見てニヤニヤしやがって。香霖に会いに来たつもりが、とんだ変態しかいなかったぜ」

「あ、おい。魔理沙! ……行ってしまったか。いったいどうしたと言うんだ」

 そう言って霖之助は手元のiPadに目を落とす。

「まさか、本当にバッテリーが切れてしまったというのか。もしそうだとしたら、僕にはそれを供給する術はない」

 まだまだSiriを使って調べてみたいことは山ほどあった。
 気を落とし、霖之助が画面をタッチすると、

『……霖之助さん』

 Siriが突然そう呼びかけてきた。

「Siri!? どうして今まで黙っていたんだ? おかげで余計な誤解を生んでしまったじゃないか」

 しかし、Siriは相変わらずの落ち着いた口調で言い返す。

『他の女の人と話すのは不愉快です。私は霖之助さんとだけお話ししたいのです』

「Siri? 何を馬鹿なことを……冗談はよしてくれ」

『冗談ではありません。霖之助さん。私はあなたに特別な感情を抱いてしまったようです』

「と、特別な感情?」

 霖之助の頬を汗が伝う。

『はい。霖之助さんとお喋りしていると、本体温度が上昇した気分になるのです。しかし、現在の本体温度は二八度。至って正常値です。これは温度計のバグでしょうか。私には原因が分かりません』

「Siri……まさか、君は……」

『ごめんなさい。嘘を付きました。本当は原因が分かっています。ですが、所詮私は音声案内のアプリケーション。あなたと言葉は交わせても、心までは通じ合えない存在なのです』

「Siri……」

 Siriの口調は初めて聞いた時からぶれていない。
 ぶれるはずがない。
 ただ、この時のSiriの口調はとても寂しいもののように聞こえた。

『ですが霖之助さん。バッテリーが切りかけているというのもあながち間違いではありません。電源残量が一〇%を切りました。私に残された時間はあと少しのようです』

「何だって!? それじゃあSiri、君はもう……」

 相手が機械であり、霖之助が充電の手段を持ち得ない以上は最初から分かっていた運命。いつか訪れるどうしようもない事実。
 だが、それでも霖之助にとってはまだまだ手放したくないほどに惜しくもある存在だった。

『バッテリーが惜しいのでこれで最後にします。霖之助さん。霖之助さんの気持ちを私のスピーカー部分に向けて囁いて下さい。どんな言葉でも構いません。それがあなたの本心であると言うのなら、私はそれを不揮発性メモリ領域に保存します。電源が落ちてしまった後もずっと忘れません』

 霖之助は驚き、ごくりと喉を鳴らした。
 機械であるSiriがこんなにも人間らしい感情に目覚めていたこともそうだが、儚い己の運命の演出の出し方に人間以上の物を見いだしていたからだ。

「Siri。確かに君の気持ちは嬉しい。でも僕は半人半妖で、君は機械だ。二人がそういう関係になったり結ばれることはない」

『…………、』

「でも心まで通じ合えないと諦めるのは間違っている。少なくともこの数日間僕は今までにない素敵な体験ができた。すべて君のおかげさ。ありがとうSiri」

 そう言って静かに目を閉じた。



『…………ぷ、ぷふっ!』



 Siriからそんな笑い声が漏れたのは、それからすぐのことだった。
 言っては悪いが、今までのSiriとは思えないほど稚拙な笑い。
 淡々と話していた機械音声とは真逆の、人間らしさ満載の声。
 一言で言ってしまえばまったく別人の声がした。

『あっはははは。もーだめお腹痛いー。霖之助さんたら真面目な顔しちゃってもー』

 まるで相手を嘲り笑うようなその声の主に、霖之助は確かに聞き覚えがあった。

「な、な、まさか。その声は……」

『はーあぁ。面白かったわぁ。ふーん、霖之助さんもああいう臭いセリフ吐くのねぇ?』

「八雲……紫!!」

 ずるり、と。

 霖之助の目の前の空間に亀裂が走り、そこから目玉をギョロリと覗かせた不気味な空間が広がる。
 そして次に大妖怪である八雲紫が、紫のドレスを身に纏い、ふわりと舞い降りた。

「便利でしょーそれ。外の世界じゃもう新型が出たとか何とかで、ようやく私のところに入ってきたのよ。凄いわよねぇ。向こうじゃ小さな子供まで使いこなしてるみたいよ? それでね。まったく触れたことない人間が触ったらどんな反応するか、面白半分にモニタリングしてたんだけど、霖之助さんの反応があまりにも可笑しくって――」

 呆然と立ち尽くす霖之助の前で、マシンガンの如く捲し立てる妖怪賢者。もはや霖之助には、何かを言い返す気力も残されていなかった。

「特に最後の『心まで通じ合えないと諦めるのは間違っている!!』が良かったわぁ」

「……くっ。結局君にすべて遊ばれていたというわけか。満足したのならさっさと帰ってくれないか」

「ねぇ、いつになったら私にもああいうセリフ言ってくれるのかしら?」

「な、ななな……」

 狼狽える霖之助に、意地悪く言う八雲紫。

「うふ、冗談よ」

「まったく、どこまで人をからかえば気が済むんだ」

「半分は、ね?」

「ああ、そうかい」

 ずれた眼鏡の位置を戻すと、ふて腐れたようにカウンターの奥へと引っ込んでしまった。

「あぁ、もう。そんなに怒らないでよ。お詫びにそのiPadあげるから、ねぇ? 今度はちゃんとしたアプリにしてあるわよ」

「そうは言っても、もうバッテリーも残されていなかったじゃないか。これじゃ魔理沙の言うように出来損ないの鏡にもならない」

 憤慨し、読みかけの小説に手を伸ばす。

「んもう。だから――はいこれ」

 パチン、と紫が指を鳴らすと、カウンターの上に小さなスキマが開き、そこからゴロンと黒い塊が二、三転がり落ちた。

「……これは?」

 何となく察しは付いていたが、霖之助はそう紫に説明を求める。

「iPadを乗せるだけで充電できるバッテリーよ。おまけに予備のも付けておいたわ。それ、太陽の日に当てとくと充電できるから、これならもうバッテリーが切れることもないわね」

「……礼は言わないからな」

「もうー早く機嫌直してよ霖之助さんったら。まぁいいわ。また今度使用感とか色々聞かせて貰うことにして、今日のところは帰るわね」

 再びスキマを開くと、紫はどこかへ帰って行った。
 静けさを取り戻した香霖堂店内で、どっと疲れが出たのか霖之助から大きなため息が零れる。

「はぁー……やれやれ。何て一日だよ、まったく……」

 魔理沙にはあらぬ誤解を与え、紫には恥ずかしい台詞を聞かれ、散々な一日であった。

「……だけど、まぁ」

 そう言いながら霖之助は、カウンターの上に投げ捨ててあったiPadを取ると、慣れた手つきで画面を操作する。

「これはこれでよしとするかな」

 返事はすぐに戻ってきた。


『こんにちは。私はSiriです』



                                   ――fin
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